ベトナムの教育制度は、近年急速な発展を遂げ、高い教育水準を誇るようになっています。
特に読解力・理系教育においてその力を発揮し、多くの優秀な人材を輩出しており、日本を含めた海外でも、理系人材を多く求めるIT業界や建設業界、製造業の設計業務などのポジションで活躍するベトナム人が増えています。
今回は、ベトナムの教育制度全体の概要からベトナムの教育の特色、そして教育における成功の秘訣、今後のベトナムの教育の展望について探っていきます。
ベトナムの教育事情は?
2019年改正のベトナム教育法によると、ベトナムでは未就学児(5歳)~中学生(15歳)までの10年間が義務教育となっています。
ベトナムの教育の理念には「マルクス・レーニン主義とホーチミンのイデオロギーを基礎とした、大衆的、国家的、科学的、現代的な社会主義教育を実現すること」が掲げられています。
ホーチミン氏の精神や社会主義教育を実現していくとしている点がベトナムらしいといえますね。
加えて、日本と同様に「教育機関で宗教を広めてはいけないこと」や「インクルーシブ教育」を掲げており、ベトナムではこれらの理念を通じて、国民全体の教育水準向上と社会の発展を目指しています。
インクルーシブ教育とは
“特性、能力に適した平等な学習の権利、質の高い教育を確保する。学習者の多様性と違いを尊重し、差別しない。(中略)障害のある学習者に対するインクルーシブ教育の実施を支援する。”
(ベトナム教育法第 15 条. インクルーシブ教育より引用)
保育園・幼稚園
ベトナムの就学前教育は
保育園(Nhà trẻ)
幼児教育を目的とする幼稚園(Trường mẫu giáo)
保育園と幼稚園を一貫して行う保育幼稚園(Trường mầm non)
があります。
過去ベトナムでは「家族や近くの親戚に自宅保育してもらう子どもが多く、保育園や幼稚園に通う子どもは少ない」とされてきました。
しかし、労働・戦傷病兵・社会省の国家児童計画により幼稚園に通う 5 歳児の割合は 2001 年時点の 78% から 2010 年時点には 95% に増加しています。
最新の情報では、2016~2017年度に、3~5歳児の就学率は92%以上に達し、5歳児の就学率は98.75%となっています※。
ファム・ミン・チン首相は、幼児教育はベトナムの国家教育制度、人的資源の開発と国民の発展戦略において特に重要な役割を果たしていると述べ、
『人間の形成と発展は、子どもの身体的、知的、美的感覚を包括的に発達させ、人格の最初の要素を形成し、ベトナム人の総合的な発展の基礎を築くため、人生の最初の数年間から基礎を築く必要がある』
として、2030 年までに 3 歳から 5 歳までの就学前児童に対する普遍的な幼児教育を完了するという目標を設定しています※※。
ちなみに日本では、6歳未満の義務教育は行われていませんが、ベトナムでは今後は3歳からの義務教育が予定されており、ベトナムが教育に一層力を入れていこうとしていることが伺えます。
小学校
ベトナムの小学生は6歳から入学し、1年生から5 年生までの5年間となっています。
1学年は9月始業の5月修了となり、授業数は1日最大7コマで必修科目以外の授業は選択することができます。授業は1コマあたり35 分となっています。
政府の方針に則り、小学校3年生から英語教育およびコンピューター教育を実施しています。
授業内容や方式には地域差がありますが、ホーチミン市では、小学校1年生から英語教育(週2コマ)を取り入れており、英語強化プログラム(週8コマ)を選択することもできます。
ベトナムが理系に強い秘訣①
国際連合教育科学文化機関(UNESCO)が先般発表した「2023年版のユネスコ・グローバル教育モニタリングレポート(2023 Global Education Monitoring Report)」によると、
“ベトナムの小学生は、低中所得国の中で読解力と数学能力が最も高い”
とされています。
ベトナムが読解力と数学に強いとされる理由としては
教師の質が高い(子どもの成績が教師の評価として反映される)
語学と算数の授業に多くのコマを割いている
家庭教育が熱心である(共働き世帯が多く、習い事に通わせることが多い)
ということが理由として挙げられています。
実際に、ベトナムの2024年の第1四半期の消費者物価指数においては「教育部門」が10.12%で最も上昇しており、ベトナムの家庭で教育に対する関心が一層高まっていることが伺えます。
ベトナムの長い夏休み
ベトナムの夏休みは長く、5月末日~始業式の9月までと約3ヶ月間もあります。その間は、塾に行ったり、サマースクールや両親の実家に行ったりして過ごすそうです。
長期休暇の間の過ごし方については、ベトナムの保護者も悩みのタネだそうです。夏休み期間以外にはテト(旧正月)期間にも1週間程度の休みがあります。
中学校
ベトナムの中等教育は、11歳~14歳の4年間で実施されます。
各クラスは45分で、生徒数が多い・夏休みが長い・科目が多いことから、月曜日から土曜日の週6日制が取られています。
学校が始まる時間が早い
日本の学校は8時頃から始業することが一般的です。しかし、ベトナムの学校の朝は早いところが多く、例えばホーチミン市内にあるグエンドゥ中等学校では午前7時から始業するため、保護者が6時頃から毎朝子どもを学校へ送迎しなければならないそうです。
これにベトナムの家庭からも「始業時間が早すぎる」「子どもが十分に睡眠できない」などの不満の声もあると報じられています。
在住していて、ベトナムの朝型の生活リズムが凄いと感じますが、早起きは辛いのは万国共通なのかもしれませんね。
ベトナムが理系に強い秘訣②
ベトナムが理系教育に強い理由として、ベトナムの数学のカリキュラムが世界と比較すると早めに組まれているということにあります。
オーストラリアに移住したベトナム人中学生がオーストラリアの学校で出された数学の問題が「ベトナムで小学生の頃に習った問題」だったという体験談が報じられています※。
この他にも「ベトナムの数学の問題が難しい」※※と話題になったこともあり、ベトナムでは
数学の知識を先取りして学んでいる
思考力が必要な問題を解いている
ということが「理系が強い」という理由として挙げられそうです。
また3桁の計算では、日本のように計算途中の数字をメモすることなく、頭の中で暗算をしていく「ベトナム式算術」が教えられる※※※など、小学生の頃から暗算力が鍛えられているのも数学力を支えているようです。
ベトナムの制服は?校則はある?
ベトナムには小学生から高校生まで制服が採用されており、中学生は白いシャツにスカーフ姿やブレザーが一般的な制服とされています※。
また、ベトナムにも校則があり※※、中学生には、
髪と服装はきちんとしていて真面目でなければなりません
学校に行く前に名札と組合章(≒校章)を着用してください
靴を着用してください。その他の種類の靴の着用は禁止です
髪を染めたり、長すぎたり短すぎたりすることは禁止です
など、日本の中学生と同様に服装に関する校則もあり、共感できる部分がありますね。
高校
ベトナムの高等教育は15歳~17歳の3年間に実施されます。
高校への入学選考は、省市単位で実施される共通試験の結果に基づきます。試験科目は地方により若干異なりますが、基本的には国語、外国語(中学校で選択した言語)、数学の3科目となっています。
さらに大学付属校や専門高校と呼ばれるエリート校を受験する場合は、専門科目1科目が追加され実施されます。
ベトナムが理系に強い秘訣③
ベトナムは国際数学オリンピックの強豪としても知られており、2023年の第64回国際数学オリンピックでは112ヶ国中7位になっています。
ちなみに2022年大会ではベトナムが世界ランキング4位、日本が8位となっており、優秀な学生がいることがわかります※。
また、ベトナム国内でも数学やITに関するコンクールが開かれており、2023年ダナン市青少年情報学コンクールでは、高校生が自らニーズを調べプログラミング技術や3Dプリント技術などを駆使した「高齢者向けスマートホーム」製品を開発し最優秀賞を受賞しました※※。
2023年の第10回全国数学会議でグエン・キム・ソン教育訓練大臣は
“ベトナムの教育は、知識を身につけることに重点を置いた教育から、開発に重点を置いた教育に大きく移行しつつある”
と強調しました※※※。
このように、基礎的な知識だけでなく社会課題を解決するような知識の習得にも力をいれていくということが表明され、ますますベトナムでの理系・IT人材が充実してくことが予測されます。
高校卒業には試験が
高校卒業には全国統一実施の高校卒業試験に合格しなければならず、試験科目は、国語、数学、外国語(英語、ロシア語、フランス語、中国語、ドイツ語、日本語から選択)および自然科学(物理、化学、生物の3科目)または社会科学(歴史、地理、公民教育の3科目)から選択して受験します。
前年の卒業試験不合格者や浪人生も受験し、日本の高校生のように単位を取得したら卒業できる仕組みとは異なっています。
大学・専門学校
ベトナムの大学は「国家大学」「国立大学」「私立大学」の3種類あり、大学では4年から6年の学士課程、2年の修士課程、2年から3年の博士課程が設置されています。
また、短大や専門学校では、2年から3年の準学士課程が設置されており、準学士の学位が授与されます。この他にも、学位の取得がない専門学校もあります。
国家大学とは
「ベトナム国家大学ハノイ校」「ベトナム国家大学ホーチミン校」の2大学のみで、国立大学よりも高い格付けにあり、研究費や教育費において優遇されています。
トップ大学は「ハノイ国家大学」
英雑誌タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)が2024年の世界大学ランキングを発表し、
ベトナムの大学のトップは、「ベトナム国家大学ハノイ校」で、ランキングにはこの他にベトナム国家大学ホーチミン校、ハノイ工科大学、フエ大学、ズイタン大学、トンドゥクタン大学の6校がランクインしています。
ベトナムの大学入試の仕組みは?
大学入試では、高校の卒業試験の結果と、受験科目により3科目(受験大学/学科により異なる)を組み合わせた得点に高校3年次の成績などを加点、各大学が設定する基準点を超えて合格とされます。
つまり、ベトナムの統一高校卒業試験が日本でいうところの大学入学共通テスト(旧センター試験)で、そのスコアから受験できる大学を選ぶことができ、大学に応じて2次試験があるという仕組みになっているそうです。
しかし、2019年のベトナム人学生の大学進学率は28.6%となっており※、ASEAN諸国の中でも最も低いという結果になっています。その理由としては
多くの就職に高度な学位が必要とされない
大学の研究機関の質が上がらない
学生がベトナム国内の大学に魅力を感じない
といわれています※。
今後ベトナムは 2030 年までに中等教育以降の教育就学率を45% に達することを目標にし大学進学率の向上を目指しています。※※
留学に意欲的
ベトナムでは近年、留学に対する意識が高まってきています。
2023年には高校、大学、大学院レベルで約20万人のベトナム人学生が留学し、2013年以前と比較して約2.5倍になりました※。
留学が増えている要因として
留学後に高給で仕事に就ける可能性が高い
海外の学位が就職に有利になっている
言語を習得し希望する国で働くことができる
など「留学を投資」だと考える人が増えたからだと推測されています。
留学先には「アメリカ」や「イギリス」「カナダ」「オーストラリア」など英語圏が人気の傾向にあり、留学やキャリア志向のコンサルティングサービスを提供するCapstone Education Vietnamなどの民間団体の2022年の統計によると、韓国が最も多くのベトナム人留学生を受け入れる国となっています※※。
職業教育・訓練機関もある
学業を学ぶ学校以外に、生産、ビジネス、サービスに直接携わる人材を訓練し、訓練レベルに応じた職業実践能力を身につける機関です。各レベルに応じた訓練や教育を受けることができ、
- 高校卒業以上、研修期間は2~3年。中級から大学への編入、訓練期間は1~2年。
- 中学卒業以上、練習期間1~2年。中学校を卒業した場合、大学レベルでの学習を続けたい場合は、高等学校教育要件を満たすために勉強し、試験に合格する必要があります。
- 初級レベル以上、教育レベルは各職業の要件によって異なり、訓練期間は3 か月から 1 年未満の範囲です。
となっています。障害のある人や貧困家庭、少数民族出身者などが寮や交通費の支給、授業料の補助、食事の補助が受けられる等のサポート体制が取られています。
まとめ
ベトナムの義務教育は「就学前の1年」「小学校の5年」「中学校の4年」の10年間あります。
ベトナムの教育の特徴としては「社会主義教育」や「ホーチミン氏の精神」の実現で、「語学教育」や「理数系教育」などに小学生から力をいれています。
また、ベトナムは国際数学オリンピックの強豪であり「数学のカリキュラムが先取りして教えられている」ことや「数学的基礎知識の他に開発に重点を置いた教育」に力をいれていくことが表明され、ますます世界的な理系・IT人材を排出する国になることが予想されます。
また3歳からの義務教育の実施や大学進学率の向上など、教育制度の充実を掲げており、ベトナムの更なる教育水準の向上に期待が寄せられています。
この記事が参考になりましたら幸いです。